映画「セブン」:町山智浩さんによる解説

さきほど、映画「セブン」と、「コンテイジョン」、2作品とも、町山智浩さんという在米の映画評論家さんによる解説の動画(無料)を、拝聴しました。


さて、結論から申します。
このたび、わたしは、有料記事にて、映画の個人的感想を書いてきましたが、やめるかも、しれません。
それというのは、プロの映画評論家さんによる作品解説と、筆者による感想とは、およそ同一作品を論じているとは思われないほどの乖離があり、もはや、同じ映画を論じているとは、思えない。
つまり、わたしのほうが、プロの評論家のようで、先様にはたいへん失礼ですが、これは、同じ映画作品を、こうして無料でブログで公開して何か述べるのは、マズい。


こんなことが起こるのならば、わたしはこの先、逆に、わたしのほうがプロとして有名になればいいのだ、などとは考えず、ただ、相手はプロで活躍しておられるから、邪魔にならないほうがいい、という判断をする。
これが正しいかは、わからない。


しかし、映画はさほど難しくないにせよ、わたしが選ぶ作品は、それほど難しくないにせよ、ですが、それでも、いちおう作品の元ネタを知っている人は、あまりいそうになく、物語の真意などを追うのも、素人には、難しそう。
そういう感じの作品が多い。


それで、わたしはこれでも無料で、今まで古いブログでも、何度か映画について書いてきましたが、間違っていた。
当時のブログを、すべて削除していて、本当によかった。
あれが有名になったら、何を書いているのかはわからなくても、プロの映画評論家さんたちが、ただのバカに見えるに違いない。


義務的にやっているわけではないが、わたしはこれでも、本当は聖書の話がしたいだけで、映画はさほど好きじゃないが、嫌いでもなく、だから、ただたくさん鑑賞したことがあるわけでもないのに、たまに観て、面白いというか、難解な感じのする作品を取り上げて、ブログに感想を書いている。


さて、無料で公開したほうが、いいのかもしれないな?


というのは、わたしは無名で、このブログも、訪問者が少ない。
たくさん読者がいて、影響力のある人物ならば、プロに対して遠慮も必要になるかもしれないが、こんなところで、誰も読まないようなブログを書いているのに、遠慮するのは、バカげている。


そうだな、しかしこれでは、何をやっているのか、意味不明だ。


映画は、さほど難しくない。
元ネタがあって、それを真似したり、どこかいじっていて、それだけで成り立つ。
だから、その元ネタについて書けば、それなりに頭が良さそうにも見えるだろうし、物知りにも見えるだろう。
それでわたしは、バカだけど、と自分でへりくだらず、これでもいちおう、映画の元ネタなどを推察する頭はあって、その辺の素人さんよりは、映画に詳しいよ、と、そう言っている。


ただ、本当に映画に詳しい、町山智浩さんのようなプロの映画評論家さんが、とんでもない作品解釈をするのを拝見すると、心苦しい。
どうも、本当のことを、はっきり言える人がいたほうが、彼のためになる気がする。
わたしは、なんの面識もないし、彼にバカとか、そういう痛罵みたいなことを言うつもりもないが、あれでは、本場の、アメリカ人の映画評論家さんとかと、仲間になれないと思う。
どうかな、アメリカの評論家なんか、まったく知らないわたしが、そんなこと言ってもムダかな?


「アラビアのロレンス」の作品解説をする町山さんの動画を観た時、「これは、マズいな」と、思った。
予感が的中した。
彼は、独学で映画を観ていて、コネはない。
しかも、英語はペラペラ、アメリカの映画にものすごく詳しい。
だけど、文学などにも少し詳しいし、技術的な話まで聞かせてもらえて、本当に幸せだが、そこまでだ。
なんと、作品の背景なども、たまに解説してくださるが、映画の評論家のやることは、そこからだ。
つまり、映画の製作者たちが、どのようなつもりで作品を作っているか、ということだ。


これは、町山さんのお仕事はむしろ、素人さんの請け負う分野だ。
その先が、本物のプロのやることだ。
という気がして、ならない。


映画は、たぶん、古い映画を元ネタに作っている作品が、一番おおい。
しかし、映画業界において傑出して反響のある映画などでは、むしろ、別の元ネタが含まれていることがある。
「羊たちの沈黙」がそれだ。


そうして、今回、映画「セブン」においても、特に撮影などの技術において、追従者が続出したという話を、町山さんがしてくださった。
そうか、わたしはカメラ目線などは考えずに視聴するから、わからなかった。
しかし、確かに「セブン」の公開された当時、映画だけではなくて、むしろ音楽業界のPVなどの演出、アートなどが評価される傾向があり、この「セブン」においても、まず音楽のPVの真似をしている、との指摘を、町山さんがしていました。
そうでしょう、当時、こういうアナーキーな雰囲気の文字フォントなどが大流行したからな。
それで、「セブン」というよりも、音楽シーンの流行が先立って、そういう演出などが流行るみたいだ。
だから、「セブン」だけの影響を受けた作品は、あまりなさそうだ。


そういうことで、やはり、映画は難しい作品は、さほど無さそうだ。
ただ、町山さんのように、ものすごい大量の作品を視聴してきた人でないと、元ネタがわからない。
これが、わたしが映画の話ばかり書きたがらない最大の理由。
つまり、わたしがもうちょっと映画に詳しかったら、プロの評論家の助手をやってもいい。
これは、わたしは最後から2番目のブログだけ力を入れて書く、とか、そういうポリシーでやっていた頃の自分とは、少し違って、地道に働いて、引っ越し資金を得るのだ、という意欲が、少しあるため。
だけど、作品の解説のほうが、ラクですわ。
たとえばの話、自分が助手で下働きして、町山さんに、いいとこどりされたら、イヤですね。



これは、知らないぞ。
町山さんは、それなりに有名人だ。
ここで、町山さんのアラを指摘して、わたしのほうが騒がれたら、どうするのかな?
わたしは、困らないが。
映画「セブン」は、日本人には、元ネタをきちんと把握できる人は、いないようだ。
これは、大変なことではないが、そこそこ、しんどいと思う、日本人の皆さん。
映画業界の人が、これを読んだら、どうするのかな?
やっぱり、日本とアメリカ、実力も何も、まったく、かけ離れているでしょう?


もう、町山智浩さんには悪いけど、
彼の映画解説の動画を観たら、
映画「セブン」についても、
「コンテイジョン」についても、
書く気が、なくなった。



あっっ…ていうか。
もう、絶句。
さて、これは、幼稚園の子供さんたちに、がんばって、どうやって理解してもらえるか、悩んでいる、大学の教授、あるいは博士みたいな人の話です。
どうしよう?
もう、書くの、やめるかもしれない。


映画の話を、これから有料記事にして、ちゃんと筆者に代金を払う人が、本当に出てきてから、考えようかな?
お金というのは、払う相手に敬意を払う、という事も含めて、自分では絶対に理解できないことを教えてもらえるのならば、それなりに相手に支払うお金というのも、あるものだ。
タダで教えてもいいけど、どうせ誰もありがたがらない。
この国は、不幸だ。
わたしのような人が無名で、お金持ちのプロの評論家が、子供みたいな人だなんて。



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Theme: 映画感想 | Genre: 映画
Category: 映画と聖書


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