映画「クリムゾン・リバー」:あらすじ

映画「クリムゾン・リバー」(2000年フランス)は、ジャン=クリストフ・グランジェ原作、マチュー・カソヴィッツ監督のサスペンス・スリラー。

主演はジャン・レノ、共演はヴァンサン・カッセル。

20160319_CrimsonRiver_DVD.jpg


あらすじ:

フランスのアルプスの麓にある大学街ゲルノンで、目をくりぬかれ、両手を切断され、体中を鋭利な刃物で切りつけられた、胎児のような格好をさせられた遺体が地上50mの崖から発見される猟奇殺人事件がおきた。
この事件の捜査に、パリ市警から元特殊捜査部隊のニーマンス警視(ピエール・ニーマンス)が派遣される。
殺害された男性から摘出された眼球は医学的な理にかなっており、このことからニーマンスは地元の眼科医にアドバイスを貰いに行く。
しかし、そこで彼は眼科医からゲルノンの歪んだ風習を聞かされることになる。

同じ頃、ほど近くにある田舎町サルザックで墓荒らしが起こり、駐在員のマックス警部補(マックス・ケルケリアン)が捜査にあたる。
荒らされた墓に眠っていた人物は僅か10歳で事故死した少女である。
墓にはハーケンクロイツ(鉤十字)のペイントがしてあり、当初はネオナチの若者による犯行と考えられていたが、墓の管理人の「悪魔に殺されたとその娘の母親は言っていた。」という言葉がマックスの頭に引っかかる。

やがて、何の関係も無いと思われたこれら二つの事件を結びつける驚愕の事実が明らかになる。

Wikipedia



今日、この作品の動画を時間をかけて鑑賞しましたが、疲れたのと、吹き替え版で、セリフを正確に聞き取れない部分があったため、説明するのにどうしても正確さに欠けるおそれがある。本作の字幕版が視聴できないと、たぶん、自分もまともに作品の解釈をする気にならない。
声優さんは悪くないんですけど、音楽がかぶったり、わたしの耳に聞こえない音域が多く含まれる声の場合は、聞き取りが困難です。
不思議と、日常生活に支障がないため、さして不自由を感じないんですけど、さすがに英文科卒のわたしには、英会話などで多々困難があったことは、読者の想像に難くないと思います。


ということで、この作品は、ただ吹き替え版しか見直していないというだけで、感想を書く気が薄れております。
疲れたのはもちろんですが、作品そのものが、一般の日本人にも不評なほど、面白くないっていう噂があり。
それは、物語のオチが、あまりにもつまらない、っていうのがあり。
それは、わたしのせいではないが、この作品を面白く解説するのは、至難の業、では、あります。


しかし、根性で最初から最後まで観切ったので、何かしら書く予定です。
どうしようかな?
もう、本当に書く気がなくなってきた(笑)
個人的には、酷評するほどの作品とは思いませんが、本当に、あまたの個人ブログやら映画レビューやらで、誰も絶賛しなくて、そこそこの評価をお情けで、っていう、非常につまらない作品に向けられる評価なのがバレバレな感じで、観たことある作品だけに、誰も彼らレビュアーさんたちを非難できない。


ただ、この作品、ナチス・ドイツの第三帝国的な思想が大きく絡んでいて、また、聖書の解釈もわずかに関係があり、ナチスとフランスが戦時中、非常に仲が悪かったことは、誰でも知っているでしょうに、彼らがナチスを愛するはずもなく、それでもなお、ユダヤ人にも憎しみを向けているかのような、そういった作品となっています。


歴史をよく知る人には、フランスはレジスタンスのお国だから、彼らはファシズムそのものは好きじゃないんだよと、改めて、そんなところかな。


こういうところで、ムゴい歴史を綴った国では、新約聖書の話なんか、他人事だろうなあ、っていう。


しかし、ナチス・ドイツは、ただのバカだし、どうせヨハネ黙示録の偽預言者のつもりで権勢を誇った彼らが、あわれにも、ただの聖書の誤読によって、偉そうに振舞っただけ、っていう。
当時、わたしのような聖書の読みをする人がいたら、ナチスなんか、ゴミ以下の存在として、歴史の闇に葬り去られていた。
わたしだって、たとえ銃を向けられようと、ガス室に送られようと、その程度の抵抗は、しただろう。
っていうか、わたし、どうせ当時のユダヤ人より、しんどい思いをして生きてるから、彼らに対する哀れみとか、あんまり感じない。


ただ、ナチスがバカなんじゃなくて、ユダヤ人もバカだったから、どうせ互いにバビロンぶりっ子してただけだ、っていうねえ。
ユダヤ人が、バビロンぶりっ子なのは、当時からわかってたはずだけどもが、ナチス・ドイツは、人の心が読めないバカかキチガイばっかりで、自分たちの仲間であるはずなのに、ドイツもコイツも、まったく、恥しらずにも、バビロンはわれわれだ、ユダヤ人を皆殺しにせよ、な~んてね。


ただのバカだから、バビロンが偽預言者に見えるわけですわ。


こんな感じで、作品を読むと、たいてい、バビロンは、ナチス・ドイツ側、すなわち、作品において、最後には滅びる側、として描かれている様子であることは、察しがつくかと、思います。
しかしそこは旧西側諸国の作品ではありますから、どこかで、人間はバビロンで、とか、そういう深読みのつもりみたいな上滑りが、生じていても、おかしくは、ありません。


実際、人間であって、獣である、といった存在が、この作品にもまた、登場します。
彼らは何を意味するのか?
単に、製作者たちによる聖書の誤読、を意味するだけでは?


以下、この作品では、元ネタを探すのは非常に困難で、先ほどフランス語で書かれたページをあちこち調べましたが、わたしはフランス語はほとんどカタコトというか、知っているうちに入らない。ブラウザによる日本語翻訳を試しましたが、爆笑モノの誤訳が並び、もはや、日本語の体をなしておりません。なので、仏語ページの情報取得は、諦めました。
この作品は、フランス語で書かれたページが一番参考になるかと思いますが、上述のとおり、役に立たない翻訳をなんとか推測しながら、だいたいどんな話か推測しました。


で、けっきょく、本作は、元の話が面白くない上に、アホな日本語訳の仏語ページの文章には爆笑したんですが、他には笑うツボが、ほとんどまったくございません。
原作の邦訳でも読んだほうが、面白いんじゃないですか?
はい、以上です。
何かを書き忘れた気がしますが、以上、ということにしておきます。



続きは、以下のページです。


映画「クリムゾン・リバー」:原作と違う話だった
http://lucm.blog.fc2.com/blog-entry-74.html

映画「クリムゾン・リバー」:原作と映画版の違い
http://lucm.blog.fc2.com/blog-entry-75.html


関連記事
Category: 映画と聖書


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する