忙しいし、ブログはお休み

このブログは、更新中断すると思います。


今月中は忙しいから、ブログだけじゃなくて、ほかに note とかも何も書いたりしないと思う。

だけど、note.mu でも、わたしの日記を読む人などいなかったし、このブログも、誰も読んでないと思う。

ということで、この先、暇になっても、ブログを再開するかは、疑問です。


聖書の本は、書いても誰も読みそうにないし、やっぱり、書かないと思いますね。
要するに、この国には、そんな高尚な話は、ふさわしくない。
わたしが、それに気づけばよかった、というだけで。
どうせ、他人が書いても、売れないに決まってる。
わたしが書いた本を、他人名義で発売しても、売れないだろう。


アメリカの聖書学者の本は、ちょっと売れたらしいが、それでも普通の小説とかに比べたら、売れたうちに入るまい。
そういう国だ。


聖書の話なんか、この国では、ほとんど相手にされない、ということで。
もう、外国の聖書の話から説明する気にもならないし、確かに、誰も読もうとしないだろう。
外国人は、他人を騙すために聖書を利用しているようなところがあって、それで、聖書を読めば、そういう背景がよくわかる、っていうだけだ。
わたしが親切に教える理由はない。
自分で勉強して、自分で読めばいい。



これからは、オフラインの日記に書くだけ、になると思います。


ブログを更新しない人が増えたのは、わたしだけじゃなくて、いろんな人が、あんまり読者がいないから、増えないから、やめていってるんだと思う。
ツイッターだって、大したことないし。
無名の人が、いっちょまえに有名人みたいに、仲間を増やそうとか、いろいろ売ろうとか、そんなこと考えたって、人を騙すのが上手い人しか、うまくいかない。
という時代。
これは、ただの詐欺師が横行する、という、ただそれだけを意味する。
うわべだけ。


わたしが、そういう時代に生まれて、よかったのは、確かだ。
無名の人が本を書いたって、誰も読まないから、大して意味はないが。
有名人が、中世とか、そういう時代から、くだらん聖書の解釈を本に書き残しては、恥をかいてきた。
わたしは、彼らに連なるつもりはない。
そうして、誰も読めないくせに、わたしの聖書の読み方を否定して、わたしを嘲笑う、そんなキチガイじみた人間が、これから先、たくさん出てこないとも限らず、実際、誰もまともに聖書を読めないのだから、これは大いにありうる。


わたしが完璧な説明を、聖書の解釈を、本に書いたとしても、世のバカげた聖書本を思えば、わたしを否定するヤツが出てくるくらい、ありえないはずがない。


そんな愚かなことを、初めからするくらいなら、わたしが黙って、本に書かずに死ねばいい。
これはまっとうな意見だ。
自分を守るためなら、これくらいの知恵は働かせるものだ。


どうせ、わたしはこの国の知識人には、ただのバカだと思われるに決まっているから、聖書の本など、書く理由はない。
ただ、相手にバカにされるためだけに、本を書いて出版するようなものだ。




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Category: 日記


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