note さん、管理が大変…

note.mu 公式さんから、わたしの note がフォローされました、と通知がくるようになりました。
それで、いちおう相手のフォロー一覧に、わたしの note へのリンクが表示されていたら、すぐにフォローお返ししています。
だけど、たぶん間違えてフォローボタンを押したのか、あるいは、趣味が違う人だと思ったか、といった理由で、フォロー解除されることも、まれにあります。


さっき、最初に自分の note にアクセスして、フォロワーとフォローの数値がほぼ一緒のはずが、フォロワーが少ないから、誰かが解除したなあと思って、何となくこの人かな、という人から調べて、こちらも解除しました。


だけど、相手のフォロー一覧から、自分の名前が消えてるかどうか、確かめるだけで、時間がかかるし、めんどう。
こんなこと、しょっちゅうあったら、大変だ。


note さんの、ダッシュボードとか見たら、簡単に管理できるのかな?
なんとなく、みたことないなあ。


もう、何百人、あるいはそれ以上のフォローさんの中から、自分の名前を探すのは、カンベンしてほしい。
今日は、とても忙しかったし、このあと少し休もうと思っていたのに、やれやれだ。


わたしは、それほどたいへんなことはやってないけど、実際これをやれと言われたら、誰でもイヤだと思う。
もっと簡単な管理方法、あるのかな?
探すのも面倒だ(笑)
つかれた。


(★ 自分のフォロワーさんの一覧から、消えた人を探せば済むので、このグチは、寝言です(笑)
   だけど、他のユーザーさんのフォロー数はものすごく多くて、千人とか、2千人とか、それだけ多いと、自分が誰をフォローしたか、忘れると思うな。
このあとも、フォロー解除してくる人、いると思う。)



note さんでは、軽い調子で、「この先は有料です」とか、いろんなユーザーさんがやっていて──
もちろん、もともとそういう利用をするために note があるんだろうけど、やっぱり、わたしがやろうとしていたことは、ちょっと違うから、note さんに日記をたまに書いても、仕方がないかも。


やっぱり、大学生がお茶を飲みながら、ちょっと漫画について話してる、とか、そんな感じだ。
これは、相当レベルが低いことを意味する。
ことに、田舎の地方大学を出た人なら、たいていの田舎の学生が、知識を必要とする本をほとんど読んでなかったと思う。
哲学とか倫理学に限らないが、わたしが言っているのは、だいたい、そのへんの分野の本のことだ。


わたしは、要するに、学術系の話を、有料の記事にして、読みたい人だけお金を払って読めばいい、と思っていた。
だけど、要するに、この国では、大半の人が、学生時代に、そういう難しい話を書いてある本を読まなかったように、
わたしの書こうとしている話など、誰も興味がない。
お金を払ってもらわなくても、つまり、無料のふつうのブログ記事にしたとしても、誰も読まないと思う。


ということで、この先、わたしが聖書の本を書いて出版するとしても、そういう人たちは、誰も読まない。
これは、当たり前のことだ。
わたしの学生時代を考えても、そうだなあと思える。


大学生なら読まない、とか、そういうわけではないんですが。
学生さんは、自分たちは結構入試に備えて受験勉強して、合格して大学に入ってるから、自分たちは頭がいいと思ってるんですよ。
実際、その大学に入れない人よりは、賢いと思う。
だけど、それ以前に、聖書の本を読まないとか、そんなんじゃなくて、普通のインテリさんは、たとえ畑が違っても、哲学とか芸術の知識をある程度もっている人が多いですよ。
大学教授くらいになるとね。


わたしも、学生の頃、うちの兄弟が大学でアルバイトするとかしないとか、紹介してもらったのを断ったことがあって、そのお詫びに教授に挨拶に行ったことがあって。
その先生は、理系の教授だったが、わたしが英文科なのを知ると、趣味でジェイムズ・ジョイスの原著を読んだりする、と言って、ちょっと得意そうに笑っていた。


これは、やっぱり英文科の学生とか、一部の人にしかわからないだろうけど、ジョイスの原作は、けっこう難解なんですよね。
日本語訳もロクに読んだことのない人が、言うことじゃないけど(笑)
だけど、まだ成人していなかったわたしですら、そんなことは知っていたからな。


要するに、日本でも、学校の先生、大学の教授さんくらいになると、自分の専門外であっても、知的な好奇心があって、いろんな本をお読みになる。

それなら、わたしの書く本は、そういう人が読むのか、というと、それはわからない。



え~と……
note.mu の話から、ブログの話になって、話がそれてますので、このへんでやめます。


どうせ誰も読んでなさそうだからね、このブログ。
たまにアクセスしてくる人が何人かいますけど、本文を読んでるかどうかは、不明です。



あしたくらいから、忙しいけど、きょうほどじゃないから、暇を見つけて、なんか書こうかと思います。



きょう、押し入れの中にしまいこんでいた、エマニュエル・レヴィナスの分厚い哲学書を出してみたけど、
読む気にならない(笑)
他にも小さい文庫本を数冊、出してみた。
こっちから読むか?


う~ん、面倒だから、アニメの話でも書こうかな。
アニメはそんなに難しくないし、さすがに有料にして読む人なんか、まずいないだろうから、無料で書く。
その代わり、最後まで書かない(笑)


やっぱり、わたしみたいな人は、あんまりいないだろうな。
たぶん、それぞれ自分で解釈して、黙ってるだけだ。
わたしの聖書の読み方、そんなに難しくないから、どっかに同じ読みができる人、いると思う。
映画だって、業界の人なら、わたしより詳しいだろうし、もっと元ネタとかわかるだろうし、カンタンだと思うな。


聖書学だけは、本にわざわざ間違いを書くのはおかしいから、首をかしげるのだが。
とりあえず、本の内容に触れずに、ただ別の分野の記事をブログに書き続けるのは、なんか違うと思えるので、たまには聖書の話を書きます。



有名人が同じ話を書いたら、たぶん、相当な反響があると思いますが、わたしはまったく無名なので、誰も読まないと思います。
これは、不幸なのか、幸いなのか、わかりません。
わたしの性格だと、有名人になったら大変なのは、わかるので。
普通に人と挨拶するのが苦手な人が、有名になったら、そのへんの知らない人が、「あ、××だ」とか、ひそひそ言ったりしてたら、もう、買い物とか、行けないかも(笑)
坂本龍一さんが、YMOで成功した初期くらいに、なんか大変だったそうですよ。
前に別のブログで、その話を少しだけ書いた。
わたしも、その話を本で読んだ時、自分がまったく同じ状態になるとは思えないが、それでも、なんか気の毒な気がした。
やっぱり、人付き合いが苦手な人とか、有名になりたくない人とか、いると思う。


というわけで、本の内容もわからず、本を書くかもわからないのに、こんなことばかり書いて、やっぱり、書いても売れないだろうし、売れたら困るし、と、勝手に迷惑がってるだけ、っていう(笑)


よっぽど有名じゃないと、ブログの有料記事にして、ちゃんと読んでもらえるようになるわけないし。
もう、聖書の話は書かない、と言ってるようなもんかも(笑)


そうだな、どうせ、この国では、「わたしはバビロン」とかいって、金持ちのつもりでいたり、なんか、そういう人が多いし、わたしがそういう人たちに笑われる理由はないし、聖書の本は、書かないかも。



まあ、わたしのほうは、書かないからといって、特に困ることは、なさそうだ。
日本人が頭が悪いのは、わたしのせいじゃないし、彼らを教え導くつもりは、ない。
わたしのほうが拒否するよりも、彼らのほうが、わたしを蔑んで、拒否するだろう。
そういう国だから、日本の皆さんは、今のまんまで、頭がいいつもりでいたら、それでよろしんじゃないでしょうか?






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Category: 日記


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