予定変更のため、先に映画の話を書いておこっと

あした外出予定で、忙しくなりそうだと思っていたが、日時を変更。
なので、今夜も、さほど忙しくなくなった。


さっき、他人様のブログをだら~と読んでいて、「忙しいのに…」と内心急いでいた。
もうちょっと、心に余裕を持たないと、長生きしないぞ~(笑)


どうせたまにしか訪問者がないブログなので、たまにしか更新しなくなるとは思います。

明日以降は忙しいから、おやすみ。

「白いカラス」の話の続きを、これから書きます。

どうしようかな~、あと2回くらいに分けて更新する予定だったんだけど。
もう、途中でやめようか(笑)
誰も読んでない感じ。
有料記事にしたら、もっと誰も来ないな。
さすがに、わざとな部分もありますが。


さ~て、きょう、忙しいところへ、頭の中で雑然と、この「白いカラス」は、日本人にはわりとわかりにくいかもしれないが、やはり欧米の人が鑑賞すると、けっこうウラが読めるんだろうなあとは思った。

特に、聖書ネタ。


日本人には、聖書の本文を引用して説明しないと、理解されない。
しかも、そんなことしても、ふつうの日本人には、相手にされない。


インテリ相手のほうが、ラクかもな~。


まったくおっしゃるとおりで、「反知性主義」?とかいう言葉がひとり歩きしたり、そういう昨今。

もはや、欧米の映画のウラを読むなんか、ふつうの日本人は、誰も興味がなさそうだ。

こういうときに、インテリの人は、「情けない」とか言えるだろうが、わたしはふつうに日本人なだけで、特にインテリとは言えない。

しかし、やっぱり、聖書は、欧米の人のほうが、かなり、こなれた読みをする。
日本人の大半は、ただのバカか、聖書を読まないだけの、ふびんな人たちだ。

つまり、頭はいいが、聖書なんか読まないから、欧米の人がウラで何をしてるか、理解できない。
聖書をもうちょっと読んだら、きっと、わたしと同じくらい、読める人がいると思う。



ただ、どうも、わたしが前に古いブログで少し書いたような、聖書の読み方は、本に書いてる人は、いそうにない。
聖書の話は、聖書学の本とか、神学とか、そういう本にしか、率直には書かれていない。
誰も、ほのめかすこともしていないような、そんな聖書の読み方を、無名の日本人が、ひっそり書いたって、誰もわからない。



さて、「白いカラス」における、聖書ネタの使い方は、
欧米においては、さほど真新しいものではなく、ただ、日本人があまり知らないだけの読み方だ。
そういうわけで、日本人には、欧米の文化を知る、基礎教養みたいな、そんな感覚で受け止めてもらいたい。
なにしろ、日本人が「そんな聖書の読み方、信じない」と言いはったって、現実に、欧米の映画では、既にそういうネタを使っているのだから。
わたしではなく、よその人がやっていたら、信じる、っていうやつでね。
耳の痛い、あるいは、胸の痛い、おはなしですねえ?


それは、わたしはウソはつきませんよ。
ブログには書かず、 note.mu で少し書いた話もある。
これは、 note で見つけた話だったから、そのまま note に書いた。


さて、わたしはしかし、映画はわりと観たことがあるが、小説などの文学のほうは、さほど詳しくない。
日本の作家が、どんな仕事をしているのか、特に最近の人たちのことは、ほとんど知らない。
あらかじめ知っていたほうが有利というか便利だとは思うが、なにぶん、時間がない。


先に文学とか調べたほうが、本当に良さそうだな。
ただ、小説を映画化した作品などを、たまに鑑賞することがあったので、原作を読んでないまでも、映画において、聖書ネタがどういう具合に扱われているか、それくらいは、なんとなく受け止めていた。


どうかな、やっぱり、欧米の作品と比較するのは、欧米の人が気の毒な感じがするが。
もし、「白いカラス」などの話を読んだ人がいたら、どう思いますか?
わたしが言っていることは、誇張じゃないと思いますけど?


というか、日本人は、とても平板な読み方をする、欧米の人は、たいていのことは、ひっくり返して考えてみる、くらいのことはするから、聖書の深読みといえば、もちろん、ただ、書いてあることをひっくり返す、というだけでも、かなり、考え方が変わってくる。


そういう話を鵜呑みにするのがバカなのか?
それとも、本当に、誰も聖書を読めないはずがなく、誰もがバビロンが勝つといって笑う、などと、本気で信じるのか?


こうなると、ただ、知性とかいう問題ではなくなる。
そう、精神障害と、そうでない健常者の頭、という分け方。
当然、わたしが精神障害者に見えるなら、それでいい、というわけで。



頭が悪いだけの人に説明するのは、ホネが折れても、さして苦にはならない。
しかし、頭がおかしい人に説明するのは、不可能、というか、したくない。
時間のムダ。
もっとも、ふつうの精神障害者に対しては、精神科医でさえ、うわべだけは親切に、愛想よく、話を聞く姿勢を示す、病気が悪化したりトラブルの元になったりするのを避けるために当然のことだが、仕方がない。


この話は、ただ、「白いカラス」という映画の個人的感想の続きを書く、というだけのものなので、ここでやめます。
わたしは、あくまで、この映画の製作陣が、どういう聖書の読み方で、この作品を作ったか、ということを考えた、その感想を書いて公開するだけです。
つまり、わたし個人の聖書の読み方とか、そういう話では、ありません。
以上。


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