おわりのことよ

あのう、「クリムゾン・リバー」は、このブログのアクセス解析においても、マイナーなほうの話題でした。

だけど、日付がかわる直前なんですけど、6月30日現在、また同映画のページにアクセスがありました。
忙しくて一人のしか見てないですけど、こんどは、長崎の人でした。

長崎~。
大雨が降ったところだね。

うちの辺も、昨晩は大雨でしたよ。
雷がね、すごくってね。
寝っ転がってカーテンのスキマから、青白い稲妻の、ほのあかりが差し込むんですよ。
少し後で、小さな雷の音がして、油断して寝てたらね。
ほどなく、びっくりするくらい大雨が降りだしてね。
スゴい音なの、ザ~ザ~って。
わああ… スゴすぎ…

ひとばん明けてみたら、たったひとばんで、100ミリ近く降ったって。
わ~い、大変だ~。
雨漏りが。。

なああんてね。

もう、このブログはおわり。
おわりの殿様の、にっきちょうでした。

おわりの殿様、もう日付かわってしまいましたが、
6月30日夜、NHKの歴史番組にて、なんか放送してましたよ。
忙しくってえ、観る暇なかったの。

おわりの殿様よ。
信長のことなんでございますが。
お殿様といえば、金持ち。
お城も持ってる。

うちもね、数代前までは、大金持ちでね。
お城はないけど、デカい土地と屋敷を持っていたの。
あのね、だれも読んでない、おわりの殿様の、にっきちょうですからね。
知らないよ~ん。

んだけど、この地方は、金持ちがあまりいないもんですから、
おそらく、地元では有数の金持ちだったと思われます、うちは。
そうとう大きかったみたいよ。

あの~、坂口安吾の実家や、太宰治だったっけ?
あのへん、実家が金持ちでしょう、あんな感じ。
あのね、今は、小さい家が建ち並んでる、貧しい人たちの地区だけど、
うちの実家が大金持ちだった当時はね、うちの近所は全部、うちのものだったそうです。

実家の地図を、あげてみます。

…と、思ったけど、グーグルになんか言われそうだから、や~めよ。

んだけどね、ただ金持ちなんじゃなくてね、土地が大きくてね。
土地いっぱいに家が建ってたわけじゃないと思うけど、スゴい広くてね。
うちの数軒むこう、なんてもんじゃなくてね。
距離にしても、10mや20mじゃないしね。
何軒もはなれた家のほうまで、ぜんぶ、うちの土地だったそうなんです。

これは、わたしの母親が、嫁いできてから、姑であるわたしの祖母から聞いたそうです。
大金持ちだったんですって。
知らなかったあ。
もっといろんな話、聞いとけばよかった。

NHKで少し前まで、「ファミリーヒストリー」って番組、あったでしょ。
ああいうので、調べてほしかったあ。
んだけど、誰も知らん感じなんでね、うちの祖母くらいしか、知らんかったんでは?
無理だわ、うち、空襲で焼け野原になったから、資料みたいなの、残ってないんだもの。
ヒドいわあ、お金持ちの娘だったら、こんなブログ、書くわけないもんね~だ。

んで、広いおうちと、土地をもった、優雅な実家は。
むかし、広い土地はあったが、今では、被差別部落の混合地区。
ということは、むかしはもっと、貧富の差が激しかった。

やっぱりな~、この近所をうろついてるキチガイどもは、むかし、被差別部落として、差別を受け、当時大金持ちだったうちを恨んで、ひそかに嫌がらせを続けているに違いない。

なんかね、怨恨の可能性があるからね。
だって、ふつうの人間が、こんな生活、するわけないもん。

ただ、向かいのアパートに住むガキが、なぜか、似たようなことをやってて、
それが不思議なくらいで。
でも向かいの娘たちは、ただ大笑いしてるだけだ。
見たことあるんだから、仕方ないわ。

あれは、もう20年ほど前のことだ。
となりの公会堂、まだ習字教室をやっていた。
当時、すでに町内会長のジイサンが、夜中にこそこそ公会堂に潜んで、うちの様子をうかがってるのを知っていたわたしは、そこの親戚が通う習字教室もにらんでいた。

真夏の暑い日、ボロい公会堂は冷房施設もなく、窓をあけっぱなし。
うちの裏庭に面した窓。
もちろん、裏庭に出て見たら、公会堂の中は、丸見え、であった。

窓から少し離れた場所で、パッと見には姿が見えないようにして、わたしは公会堂の中を見はっていた。
すると、やっぱりな~。
おかしな連中が、中にいました。

ほかの子たちは、まじめにふつうに習字をやってる風なのに、数人だけ、誰も習字をやってなくて、
先生らしきオバサンの周囲で、窓の近くをうろうろと立っているだけ。
見ると、うちの音に反応して、窓のそばまで歩いてくる。
その様子のこっけいなこと。
なんと、彼らの顔を見たら、ニヤニヤと笑っているではないか。
だけど、ただ笑ってるだけ。

どうです、おかしな町内でしょ。
ためしにわたし、自宅の裏庭の中で石を投げて、わざと遠くで音を立ててみた。
そしたらね、音のするほうに、わざわざ数歩、歩いていってね、そっちに顔を向けて、にやにや笑ってんだ、そいつら。
だけど、たったそれだけ。

もう、その瞬間から、「こいつら、ただのキチガイやな」と断定。
そうして、わたしの上の兄弟が幼いころから続いていた、その習字教室は、なんと、たった数週間のうちに、完全閉鎖。

わたしが、彼らの様子がおかしいのに窓越しから気付いて、次の週の習字教室の間も、窓の中が見える位置に立って、ずっと見張っていたから、なのだ。

スゴいでしょ、おかしな連中。
もうねえ、ただ、物音を聞いて、にやにや笑ってただけ、だったんですよ、彼ら。
それでね、いま、当時の町内会長(故人)の親戚の娘が、外で大笑いしてるんだけど、
彼ら、当時は小学生か、もっと幼いくらいの子供たちでね。
今も、彼ら、当時と同じ感覚で、ただ遊びみたいに、うちの物音を聞いて笑ってる、そんなつもり、みたいですよ。

これは、わたししか知らん。
誰も知らん、当時の習字教室の連中と、わたしだけだ。
だからね、わたしを嘲笑するとね、おそろしい目に遭うの。
知らないことを知ってるフリをし続けた、町内の一部の人間は、どうせ誰も町内会に入ってなくてね。
ボロいアパートの住民とかが、一番、バカみたいにニヤニヤ笑ってね。
誰とも知り合いじゃないのに、町内を歩いてウロウロしてね。
わたしに親しげに挨拶してくるしね~。
キモい連中だった。

わたしは、だから、あの、少し離れたところにあるボロアパートも、昔はうちの土地だったそうだが、相当大きな、公園より大きな土地だったようで、いや、考えられん広さでね。
「おわりの殿様」というけど、それは、かの大金持ちだった、我が家が、この家の末娘の代で、直系の血が絶える、ということでね。
いや、直系の娘がよそに嫁いで、子供がいるから、いちおう子孫はいるんだけどね。
もうよその人間だから、彼女は。

それだから、ほんものの直系のとのさまは、わたしの代で、しかも、末娘であるわたしで、おわりを迎えることになる。
おわりの殿様。

スゴい大きな土地でね~。
うらやましいわ。
いや、うちの地元、福武書店があるけどね、
ああいう商売人じゃないと思うんだけど、なにやってたんだろな?
むかしは武士だったと思うけどね、名前でね。
いや、うちの実家、武士の家系の苗字だから、もともとが。
知らない人、いやわからんだろうけど、うちの先祖の元をたどると、たぶん、清和源氏系の人だ。
宇多天皇の子孫として有名な人がいる。
その人から枝分かれして、全国に広がった名前だ。

んで、どうでもいいから、そんな話、ふつう人にはしないでしょ?
だけど、わたしの友達に、金持ちの男がいて、そいつ、やたらと金持ちなのを自慢しやがるから、
ある時、わたしの先祖の話を、ふとしてみたんだよ。
そしたらね、そいつも負けじとね、こういうの、
「オレんところは、元をたどれば、藤原家の親戚だ」

爆笑。
そりゃそうかもしれんが、大した金持ちじゃないくせに、偉そうにな。
うちがむかし、大金持ちだったのも、知らんくせにな。
知ってたら、腰ぬかしたと思うな。
山の上の、小さな家を、「この山で一番の金持ちよ」とかいって、わたしに紹介するの。
小さな家だった~。
リビングなんか、猫の額か?
いや、うちのリビングは、2個あって、どちらも小さいが、2つ合わせなくても、あの家より広かったと思うな。
どうなの、これって。
いや~、いくら狭い家でも、あの家よりは、大きい気がしたな、うちの家。
キッチンとダイニングが同じスペースだったしな。
あれは、うちのキッチンと食堂を足したほうが、大きいかもやで。
いやいや、なんで、うち、あの家より、大きい気がしたよ。

だからね、彼らが金持ちなのを自慢してるのを見るとね、
当時、うちの親は働きづめで、預貯金はロクになかったろうけどね、
もともと戦争で焼け野原になって、バラックから復興した地区の人たちだからね。
一文無しよ。
それは、苦労した。
かれら、何も知らんからな。

うちの親は、夜学に通って、大学を卒業した。
苦労人だ。
あんな、大学の教授やってるくらいで、大金持ちのつもりでいるバカどもなんか、相手にするか。
アホのくせにな。
いや~山の上ね。
うち、あとで、山に土地を買って、大きな畑をつくりましたが。
あの土地と合わせたら、うちのほうが、金持ちに見えるわ。
そうだろな。
金持ちのくせにな。小さい家でな。
むかし、わたしが生まれてなかったころ、わたしの家は、考えられんほど、大きかった。
お城かと思うくらい。
いや、それほどは大きくないけども。
それで、夢に見たわけじゃないが、
ぎゃくに、この近所をうろつく彼ら、むかしを知ってる一族の出かもしれない、とたまに思う。

もし、彼らに復讐するために、わたしが生まれてきたとしたら?

なぜって、うちの家は、なんでここまで没落したのか、だれも知らないんですよ。
何世代にもわたって、キチガイにつきまとわられ、嫌がらせされて、ついに倒れたのだとしたら?

あ~、もう24時半だ。
寝る用意、しなくっちゃ。
きょうはね、がんばって、お皿洗いを、いつもより早く済ませてね。
わ~、時間がある、早く寝られる、と思って、きらきらしてたの。
がんばったんだけど。。
気が付いたら、いつもと同じ時間ら。。

泣。

だれかが、わたしに知恵を、知識をくれたら、
わたしは、実家の闇を探りたい。
なんで、うちは、そんな大金持ちだったのに、あそこまで小さな家、1軒にまで、落ちぶれたのか?
近所の連中、みんな、うちより小さい、1軒だけだ、ちょっと大きい家があるの。
どうしてみんな、知らないのに、偉そうにするんだろ?
むかしは彼らの家のある土地、ぜんぶ、我が家のものだった。

まさか、誰も知らないだろ。
わたしの家は、それでも、町内の中では、大きいほうなのだ。
前に、そのうちより大きい家のオバサンが、声をかけてきて、うちのことを大きい家だもんね、と、ちょろっと喋ってる時に、言っていた。
まあね、公会堂のほうからうちの裏庭をみたら、めっちゃ大きな家に見えるだろうな。
そうだな、確かにな。

あ、おわりの殿様のひとりごと、おわりに近づいておりまする。

これにて、御免。



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