あっ、今日はもう、3人も来た

あら、また訪問者が、微増…
だけど、本題は、ぜんぜん違いますんで、この辺で。


えと、つい先日、わたしは書きました、
キリスト教は、旧約聖書の誤読によって成立した宗教だと。

えっと、それは、黙示録が一番関係あるんです。
「ヨハネによる黙示録」ね、筆者不詳とされています、この謎の文書。
かれが、イエスの弟子であるヨハネとされているのは、ふつうの人は知らんでも、聖書学者には常識です。
ただ、カトリック教会だけね。
よその宗派では、ぜんぜん違う解釈らしいです。

あのね、カトリックの人たちね、これ、別記というか大した話ちゃうんですけどね、
カトリックはね、王道だからね。
ローマ・カトリックね、ペトロの教会でしょう、
だからね、ペトロは、当時のエージェントのトップだからね。
彼が、事実上、エージェントの一番上にいた。
だからね、ローマ・カトリックの聖書の解釈が、間違ってるっていうのは、おかしいわけ。
だから、聖書学者の寝言なんか、放っといてね、
あれね、間違いなく、イエスの弟子として登場する、ヨハネ福音書の筆者ですから、
「ヨハネによる黙示録」の筆者はね。

無料記事に、こういう話を書くのはね、カトリックの人たちが認めてる解釈を、否定してもね。
そうね、あの、要するにね、聖書学者には、変わったのがおってね。
彼ら、福音書の筆者と、黙示録の筆者、どちらもヨハネさんですが、このヨハネを、別人だ、って主張してるんですよ。
どこもそんな根拠はないのに、よ?

あれだ、これは有料記事になりますが、ヨハネ福音書とヨハネ黙示録が、同一人物が書いたのがわからんかったらね、
ヨハネ黙示録は、正しい読み方は、不可能なんですよ。
だからね、カトリックには、少数のエージェントが残っていたか、
王道を行くエージェント的な聖書の読みができる信者がいたか、のどちらかです。

もうね、いわゆる何とか学派という、聖書学者は、恥ずかしい。
それだけバカが聖書の研究してんだから、何千年かかっても、聖書、読めるわけ、ないです。
わたし、相手がバカだから偉そうに書いてるのでは、ないんですが、
こと、聖書学者に対しては、手厳しい。

というか、まあ、映画評論家にも厳しいけどね。
映画のほうが、だいぶ簡単なんでね、元ネタを調べるのも、作者たちの意図を探るのも。
だって、聖書なんか、どんなに最近でも、もう2千年たってるんだから、つくられてから。
いや、原本があったに決まってるじゃないですか、大量の写本が残ってるんだから。
だからね、原本そのものが散逸しててもね、写本を読めばね、原作者たちの書いた内容が、おおまかにわかるに決まってますよ。

だけど、聖書の元ネタはね、もうね、正確に把握するのは、きわめて困難でね。
だって、当時、2千年前にね、無名のバカがいたとしてね。
かれが、誰か聖書の登場人物の元ネタだったらばね、だれも知らんわな、そんなバカ。
いやいや、ぜんぜん、珍しくないです、このテの話は。

だから、聖書なんか、誰にも読めないでしょ、正確には。
わたしは、元ネタを抜きにしても読める、独特の読み方について、研究を進めていまして、
今は、だいぶ忙しくて、毎日へろへろなんで、聖書なんか考える暇ないんで、お留守ですが。

前にね、父親の介護をしてた当時のほうがね、今より、ラクだった気がする。
そうだな、まあ、ギリギリで、昼寝もできず、フラフラして、ただひたすら働いてた記憶はあるんですけどね、
食事の後、座ったまま爆睡するとか、そんな毎日、送ってた記憶、ないです。
比較的、よく熟睡できてたんだろう、不思議なんだけど、働き過ぎで、クタクタで、ぐっすり寝てた可能性はある。

いや、父親の下着とかね、すさまじい汚れでね、漂白剤で何度も何度も洗っても、おしっこの跡とか、落ちないんですよ。
うんこだと、もっと悲惨だから、いちおう洗うけど、すぐ捨てるの。
スゴいでしょ、だからね、うち、下着代、スゴかったと思うんです。
だけど、そんな毎日送ってたら、もっと疲れるよな。
たぶん、今、嫌がらせが激しくなってるだけなんだと思う。
学生時代に、バイトで深夜に帰宅して、あまりにクタクタで動けず、座り込んで2~3時間、ぐったりして、それから入浴して寝てて、もう寝る暇ない、って感じの日々を送ってたことがあってね。
その時は気付かなかったが、あの異常な疲れ方は、ただ、わたしが体が弱かったのではなく、キチガイが知らない間につきまとって、わたしに嫌がらせしてたんだな、とわかるようになったんですよね。
最近、その当時の記憶にある、あの異常な、しんどくて、動くのがやっとな感じの、フラフラするような、何とも言えない疲労感、しょっちゅうなんですよね。
これは、キチガイどものせい。

ああ、聖書の話なのに、失礼。
もうね、このブログ、数時間後には消えててもおかしくないから、書いてるんですけどね。
まあ、もうちょっと手入れしてからじゃないと、あれだけど…
そうそう、まあ、グーグルから来る人なんかいないから、放置しても、いいかあ。


ということで。
聖書、わりと簡単なの、わかっていただけました?
カトリックの宗派にはね、わりと賢いのがいて、そいつが聖書の説明したら、簡単に片付く可能性がある。
あれはね、聖書の世界に生きてるフリをするバカだからね、
わざと黙ってるの。

わたしはクリスチャンでもない、カトリックでもない、
だから、自由に発言できる。
それだけのことだ。

ヨハネはんね、頭、あんまりよくないの。
スゴい凝ったことやってるから、当時は、ものすごいあがめられてたと思うんですね、
クリスチャンたちにね。
そうだな、事実上、彼が「その名は神」の立場だからな。
まじめに、神と同一視されてたところも、あったと思うんですね。
誰も、彼以外、高度に完成された聖書を書いてないからね。
ぜんぜん、完成度が違いますからね、ほかの福音書と、ヨハネ福音書とは。

映画は、一流の監督さんたちと、二流以下の監督さんたち、世界が違うでしょう。
ね、あれと、さして変わりません。
ただ、ヨハネはんは、バカだっつうのか、あんまり、旧約聖書を、深く読み込んでないです。

いや、間違って、わたしのほうが、把握してる元ネタが少ないから、彼と旧約の読み方が違う、っていうことも、ありえます。

だけどな…
あれだ、福音書はさておき、黙示録の根幹をなす、旧約と黙示録の類似性について前に古いブログでわたし論じたことありますが、はっきり言って、ダニエル書とエゼキエル書は、あんまり、黙示録にて取り上げる理由、ないです。

かんぜんに、有料記事の内容になってきてますんで、詳述は控えますが、こんな感じで、ヨハネは、旧約聖書から元ネタを取るにせよ、その取り方が、おかしい。
つうかね、ダニエル書の読み方が、おかしい。

いや、意味不明でしょ、そりゃそうでしょ、わたし、つい最近になって思いついた旧約の読み方について、いま書いてますんでね。
わりと最近だ、でも数か月前だな。
忙しいのにね、たま~に、ふっと、思いつくんですよ、旧約の変わった読み方をね。
それでね、ひとりで愕然としてね。
いやいや、これは、まだ誰も読めないんとちゃうか?
っていうね。

そうなんです、わたし、ダニエル書の秘密に思い至って、そこからまた、ヨハネは、旧約聖書をちゃんと読めてなかったな、と思うようになったんですよ。
これ、世界初と違うかな。
まじめに。

だからね、月1万円の有料記事でも、高くないと思うんですよ。
聖書学者にコネのある人、教えてあげてください。
彼らが嫌がったら、完全に、なんというか、一子相伝ではないが、もっと公に言わずに、ひそかに聖書の話を書いてもいいです。
いや、わたし、人をおとしめるために書くつもりは、ないんで。

だけど、ふつうの人が、なかなか思いつかない聖書の読み方であるには違いないんで、
もっと、筆者であるわたくしを尊重していただかないと。
高いからカネ払わずに不正に読む、では、ダメですよ。
お金がほしいから、ではなく、わたし個人の名誉のために。
誰も読めん聖書の読み方を、忙しいし、収入もないわたしが、
これからわたし、ヘブライ語の辞書も、自費で買いますからね。
だって、まだヘブライ語の原典、ぜんぶ読んでないもん。

しかしまた、ヘブライ語独特の読みがひっかかるわけではなく、
むしろ、旧約聖書もね、構造のほうが、重点が高いんですよ。
単語の語感とか、意味にも、関係はありますが。
だからね、日本語訳の旧約聖書を一通り読んで、思いつく読み方のほうが、重要だと思います。
これ、ほんと。
新約聖書もね、構造に気が付かないと、絶対に、深読みできないですよ。
マルコ、マタイ、ルカの3福音書も、それぞれ、構造上のカギがあります。
だけど、一番重要なのは、ヨハネ福音書と、ヨハネ黙示録。

だから、わたし、ギリシャ語の原典も読んだことないのに、これだけ聖書が読めるようになった。
旧約も、似たようなもんだ。
簡単なんだけど、奥深い。
これが、「サタンの奥深い秘密」です。

読んで字のごとく、サタンは、バビロンでは、ございません。
ここで、大半の日本の読者は、落ちます。
そう、バビロンは、筆者であるヨハネでも、ヘブライ人でも、ございません。
彼ら、全員、エージェントであるヘブライ人の敵、でございます。

簡単でしょ、サタンって、鏡の中にいてもなお、彼ら、エージェントたち本人だったんですよ。
これがわかれば、さほど、ムゴい聖書の誤読は、しなくなる。

これから先、バビロンぶりっ子さんたちは、わたしの聖書の読み方を知らないか、知ってても否定してるか、そのどちらかになります、
わたしのブログの読者、さほどいないでしょうから、見わけもつけやすくなるでしょう。

忙しいといっても、今日は久々に、本当に日曜日みたいに寝坊して、ゆっくりしてました。
これから、掃除が忙しく、ゴミ捨てとかもあるから、時間はあるけど、忙しい。
体調悪くても、動かないといけないから、主婦の立場の人は、大変だ。
ほんと、ただ稼ぐだけなら、その辺のバイトか、パートでも、いい。
わたし、弁当屋の早朝のバイトとか、居酒屋の深夜のバイトとか、人に頼まれてやってたから、肉体労働でも、たいして怖くないの。
だけど、まあ、しんどいからな、忙しくて。
本かくより、パートをちんたらやったほうが、ラクですって。
いや、聖書よむでしょ、ヘブライ語の辞書買うでしょ、忙しいって。
がんばって、お金を稼ぐより、パートのほうが、早いって。

有料記事、タダで不正に読む人、いたら、覚悟しておいてね。
忙しいだけでは、すまんからね。
わたし、自分の命けずって生きてますんで。
そう、ふつうの人なら、とっくに死んでる気がするんですよ、わたしの生き方。
がんばってね、死なないでね、読者さんたち。
わたし、知らないうちに、神様が相手を殺してくださるから、わたしのせいじゃ、ないんだ。
批評空間の社長さんなんか、知らないうちに、死んでたんだもの。
わたしのせいじゃ、ないよ。


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