長い間、暇ネタを書いてきました

さっき、NHKニュースウェブで、鳥取県中部の地震の情報を、コピペしていました。

う~ん、なんかわたし、ふつうの日本人と、違うよな。
まあ、いっか…
去年の今頃は、もっと頻繁に、日記に地震情報をメモしてたんですよ。
そしたらね、ちょうど去年の今頃にも、先日震度6弱を観測した地域で、震度4の揺れを観測する地震が発生していた。
わたしの日記に、メモしてあったんです。
1年たって、あんな地震になるなんて、誰も予測がつかない。
やっぱりね、地震予報なんて、お天気予報みたいな感覚では、なかなか、出来ないと思いますね。

んだけど、当日の12時過ぎに震度4の地震があった時には、直感的に、おなじ鳥取に大きな地震が来るかもな、と思ったんですよね。
めったにないことなんで、そんな風に予感するのは。
ええ、さして大地震でなくて、幸いでした。

さて、今日は、聖書のお話をします。
お題は、「『捏造された聖書』を知っていますか?」。

これは、ついさっき思いついたことなんで、暇ネタみたいなもんです。
次に作る新しいブログには、書かない気がするので、今のうちに書いておこうかと思って。

『捏造された聖書』というのは、アメリカの聖書学者さんが書いた本です。
日本でも結構売れたらしく、海外の聖書学者さんの中では、この本の著者が日本で一番有名だと思います。
国内では、田川健三さんとか、著名な聖書学者さんはいます。
だけど、聖書学そのものがマイナーな学問なんで、彼らの知名度は、さほど高くはないでしょう。

『捏造された聖書』の著者、アーマン教授は、だいたい、日本に向けて書いた本ではないから、日本人が読んでも、笑いのツボが外れてて、面白くないとは思うんですけど…
とりあえず、彼は、アメリカ人に向けて、この本を書きました。
だから、アメリカ人にはウケそうな話が、彼の本には、ちょこちょこと出てきます。

たとえば、アメリカの大学生は、聖書をちゃんと読んだことのある人、ほとんどいないそうです。
これ、わたしの古いブログで、取り上げたことのある話題です。

さて、これは本題ではなくて、アーマン教授は、日本人にいないタイプの学者として有名になったのか知りませんが。

彼は、アメリカ人に向けて、書いた。
聖書は、だれでも読める。
あなた方も、聖書を読んでごらん。
すると、聖書には、意図的に改ざんされた跡があちこちにある。
複数の著者による本であると明らかな聖書だが、実際には、「××による福音書」とか、「××による手紙」とか、そういう題のついた書巻であっても、その著者がだれであるか、わからない。

「捏造された聖書」っていうのは、さらに一段、レベルが下がって。

むかし、本というのは、印刷されていなくて、巻物などに、人間が手書きで、書き写していました。
写生という人たちが、要するにこき使われる立場の彼らですが、彼ら、まともに一字一句間違えずに書写したのではなく、あちこち誤字などがある。
時には、故意に、原本と違うことを書いている。

こういうわけで、聖書というのは、人々の意図によって、恣意的に書き換えられ、挙句の果ては、本物の原本が見つからず、どうやって元をたどればいいのかも、わからない。

こういう、とんでもない本の代表格、ということで、聖書について、アーマン教授は、書いています。

ただ、彼、とんでもない聖書の誤読をしていて、専門家がこれだけ誤読だらけなのであれば、素人であるわたしが、私説を開陳しても、誰も怒るまい。
と、いうレベルの、誤読さんです、彼のは。

ええ、イエス・キリストの所在(?)をめぐって、論争が起こりそうな話も、アーマン教授は、「イエスは実在した、わたしはそれを信じている」、だそうです。

もう、彼は、聖書のフィクション性をまったく感じない、どこか幼児性のある学者、と断定されてしまったもようです。
ええ、聖書なんか、フィクションの詰め合わせ、ええ、お菓子の詰め合わせみたいにね。
──それだから、彼ら、一流の学者のつもりでいても、よその学問には、見向きもされない。

あれだ、案外、聖書学者より、他の学者のほうが、聖書を読めるかも、しれない?

まあ、そういうわけで、わたしはこの学者さん、ちょっと横においといて、自分の説を述べていくことになると、思います。
彼の学説とわたしの見解とでは、あまりにもかけ離れていて、説明するのが、うっとうしい。
だからね、イエスは、ほんまは、いなかったんじゃわ。
おじいさん口調で、むかしばなし風に、書いてみました(笑)。

おう、だけどよ、(笑)
聖書なんか、その辺のガキが、読むわけねえから。
アーマン教授が、いちばんツッコミ入れたかったのは、むしろ、そこなんじゃ。
大学生が、いっちょまえにオトナのフリをするわな。
「われわれはバビロン」、これ、日本でも、聖書をかじったバカが、よくやるわな。
だけど、聖書なんか、まともに読んだこと、ない連中なんだわ。
こんな感じで、聖書にバビロン信仰なんか、書かれてない、っていうのに、勘違いなバカどもが、聖書読んだことないのがバレバレなことやって、遊んでるわけよ。

あんたがた、他人事か?
そうか、一歩外に出たら、みんな聖書を拝んでる宗教だからな、日本人には、冷たい視線を浴びせる外国人が、大ぜいいるよ。
外国人には、聖書なんか、仏教のお経みたいなもんでね。
だれでも知ってる、中身を読まんでもね。

日本人は、もっとヒドくて、話の内容を知らずに知ってるフリをするから。
バビロンっていうのは、もともと、ただ滅びるもの、という意味があって、ただそれだけです。

はい、バビロンの元ネタ、知ってる人、います?

いないでしょ?

そうだろうな、あれはね、ヤコブの話につながってる気がするけど、どう?

そうだろ、旧約聖書のヤコブですよ。

イエスは「羊の門」だろ?

バビロンは、「神の門」という意味の、古代バビロニアの言葉だ。

だからね、聖書を知らんバカが、「わたしは神の門」とか言ってもね。

はああ?

って、嘲笑されるワケよ、よく知ってる人たちにね。

まあ、これは一部、有料記事に属する内容が含まれてますから、後で書き直しましょう。

イエスが実在しないこと、バビロンの元ネタ、などです。

それで、わたし、こういう具合に、タメ口でつらつらと書くほうがラクなんだけども、
有料記事では、ちゃんと説明口調で書く予定です。
当然、読者を選ぶ内容です。
エリート意識があるわけではないが、その辺のバカの日本人には、読ませたくないな?
わたしが、読者を選ぶんだよ。

今さら、わたしが態度が悪いからって、誰も批判できんだろ。
聖書を読まない、相手をバカにする、ただそれだけのバカどもを相手に、こんな話、書くわけないだろ。

さて、有料記事だと、映画を知ってるフリして、徘徊するわけには、いかないでしょうな?
わたしは、頭がおかしい人がうろつくのには慣れてるが、相手を無視してるのもわからん人たちが、やたらとブログにアクセスしてくるから。
映画の話なんか、ずっと書いてないけどな、わたし?

もう、おしまいだろ、この国は。




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