ブログの更新頻度は、変更するかもしれないけど

このブログは、今、ほとんど誰もアクセスしてない感じなんで、1日に1~2人くらいかな?
ブログの記事本文を読んでる人は、いない感じなんで、たまに独り言を書いて更新するかもしれないが、たいていは、誰も読んでないだろうという前提のもとに、メモ程度の話を書く予定。

note.mu では、ほぼ確実に、発言する機会はないと思う。
フェイスブックは、もともと嫌いなんで、どうしても、何かを書く気になれない。
「たくさんの友達が待っています」と、毎日ありがたいメールをくださるが、これが事実に反するメールであることは、明らか。
もし、こういう催促のメールが死ぬほど届かなかったら、たまにフェイスブックを書いていたかもな。
わたしは悲観的なほうではないが、積極性には欠ける、逆に、こういう死ぬほど積極的な人たちのことは、受け付けない。

さて、こういうわけで、これもたぶん、誰も読んでないと思うけど、自分でいつ何を考えていたかを記録するためでもあるので、ここに書いて置いておく。


日本人の皆さんには、わたしの意見は、ほぼ受け入れられないと判断したし、何しろ、おそろしくレベルの低い内容の電子書籍やブログなどが人気がある国だ。
たぶん、わたしのほうが、願い下げだ。
つまり、彼らと同じように電子書籍などを出版して、職を得る、というパターンは、無い気がする。
やっぱり、日本人だから、というわけではないが、日本人ほど、相手を見下しているのに、その相手からバカにされているのも気づかない人たちは、世界的にも、まれなのではないか?



おごれる者は久しからず、わたしは、あなた方を憎んでいるわけではなく、ただ、見下しているだけ、のようだ。



せめて、聖書を読んでから、わたしを笑う人がいるかどうか、もし、この文章を読んだ人がいたら、考えてみてください。


聖書には、映画に描かれているような世界は、出てこない。
世の大半の映画、特に聖書を元ネタとしている映画は、ただ間違っているだけで、存在価値が、あるのかどうか?
わたしは、自分の書こうとしている本は、そういうものたちよりは、価値があると信じる。
ただ、読み手に、自分の本を読むだけの価値があるのかどうか?


これは、誰も読んでいないブログ、誰も読んでいない文章、たとえ名指しで誰かをけなしても、誰にも知られない。


イケダハヤトという人は、数年前からかなり有名らしく、さっきアマゾンでたまたま彼の電子本を見かけて読んだら、「現象」とまで書いてあった、イケダハヤトという現象、と。
ますます、アホくさくなって、もう、この国には、いないほうがいいかも(笑)


政治亡命ではないが、どっか、よその国で、畑でも耕したほうがいいや、高知の山奥だっけ?みたいなとこに移住するよりはね。
わたしも、親の財産を相続することになっていて、うちの親も山に畑を作っていたんだけど、そのへんに移住するかな?
家なんか、どうでもいいもん。
レンガでも積んで、自分で家、つくるか。
日本では極めてまれだが、よその国では、そういう家、けっこうあると思う。


実際、わたしは、家の間取りを自分で描くのが趣味で、ずっとやってないけど、小さい頃から、やっていた。
だから、建築家の作る家にも、結構うるさい。
バカがたくさんいる国、というより、あらゆるセンスがひからびている、わたしには、なんか納得いかない人が多い国、だ。


あの山はしかし、もう、土地の境界もわからんほど荒れ果ててると思うな。
建築士は必要ない、たぶん、わたしの設計する家のほうが、自分で満足いく。
ただ、土地が、開発許可がおりない気がするな。
まあ、小さい小屋なら、違法でなく建てられると思うが。


どっか、外国に移住してもいいな。
病院に通ってる家族がいるから、今は無理だけど。





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