朝から、くたくた

まだ外出予定なのに、電話の予定もあって、まだかかってこない。
先に外出したいくらいなんだけど。
朝から疲れてくたくた。
本を読まないといけない、DVDを観ないといけない…
というが、時間もない。


哲学者さんは、哲学以外は、文学とかの本しか読まないですもんね。
映画の解説のほうが、難しいかもな?
しかし言葉の場合は、一瞬で消える映像よりはマシだが、やはり本を大量に読んだ人しか読み取れない話がある。
やっぱり、映画の解説のほうが、簡単だろうな。
難しい哲学書の巻末の原注、訳者注とか、ちゃんと読んだことのある人なら、そう思うだろう。


映画の解説なんか、仕事にする人の気が知れない。
前に一度、そう書いたが、やっぱり、そう思う。
しかし先日、図書館で借りたDVDを初めて観て、映画の元ネタっていうのは、派閥によるが、だいたい似通っているのだと気づいた。


この記事は、後で書き直すが、今とりあえず、めっちゃしんどいし、予定がつまっていて、電話が来ないと何もできない。
ので、時間をもてあましているため、ブログに書いているところ。


アマゾンで、町山智浩さんの映画の本を探したら、別の評論家の本も出てきた。
だけど、なんだか…わたしが書くような作品について述べている本は、あんまり無いのかな?


町山智浩さんの映画の解説本は、この後、余裕があれば読む予定。
できれば、次の映画の感想を書く前に読みたい。
彼が先に解説しているような作品は、できるだけ避けてあげたい。
「あげたい」というと失礼かもしれないが、わたしは、自分が彼と同じ話を書くとは、あまり思えない。
もちろん、映画の制作秘話みたいな話なら、だれでも町山さんの本を読むほうがいいのがわかるだろう。
わたしは裏話抜きで、映画の作品解釈をする。
今回、初めて観た映画で、その解釈の姿勢が間違ってなかったとわかった。
というか、元ネタの映画抜きで、これまで述べた映画の解釈が、だいたい合っていることがわかった。


しかしその代わりに、映画の制作者の聖書の読み方が、実に幼稚で、考えられないくらい凡庸であることを知った。
これは、わたしが映画の解説を続ける意思を失う可能性を意味する。
何しろ、自分の聖書の読み方とまるで違う読みをする人たちが、こぞって似たような映画を作っているのだ。
もう、書いたことに責任を持つつもりはないし、このままブログに、有料記事として公開するが、聖書の話は、だれにもしないかもしれない。


欧米人は、子供のころから聖書を読んでいるのに、なんで、あんなに簡単な読み方をするんだろう?
これは町山さんをバカ扱いする日本人向けの話、かもな?
それは、町山さんって、それとなく頭がいいのがわかるんだけど、ちょっと、知識に偏りすぎ。
もっと、知恵を働かさないと。
わたしは、映画に関する知識に乏しいが、それでも、知恵でもって、映画のウラを読む。
それで、だいたい、解釈が合っていると思う。


これから、映画を大量に観る時間はないが、だいたい、めぼしがついたので、
どういう映画に、どういう元ネタが使われているか。
だから、少し映画を観ると思う。
ただ多忙の中、寸暇を惜しんで、という感じなので、このまま映画の感想を書き続けるかは、未定。
映画が、あまり賢くない人たちによって作られていることを確信したわたしには、映画の話を続ける意欲は、あまりなくなった。
しかし、日本では、映画の話、映画に関係のある聖書の話、それくらいしか、興味をもってもらえないだろう。
相当に、日本人がバカなんだな、っていう、そういう話を、今わたしは書いています。


これでは、頭の悪い欧米人に、日本人が笑われても、誰も怒れないね。
ほんと、日本人は、この世で一番バカにされてそうだ、欧米人に。
それは、日本人は、誰も本当のことを知らないのに、なんでも知ってるフリをして、一番金持ちのフリをして、頭もいいフリをして。
「オトナのフリ」も。
それが、欧米人には、非常に滑稽な空回り、と見なされているもよう。
つい最近、このブログの更新を再開してから、わたしが観た映画の本数は数えるほどだが、それでもその中に、日本人を笑っているのが明らかな作品が、少なくとも、2本はあった。
それ以外に、わりと最近、自分のブログで言及した作品が、2本。
わずかな本数の中に、4本もあったら、十分、多い。
欧米の映画は、日本人を笑っている、と、半ば言えなくもない。


アメリカ人は、日本人を好きな人なんか、いませんよ。
映画を観ただけでわかる。
わたしをウソつきだと思い込んで笑うか、自分たちがアメリカ人などに笑われているのだと悟って、おとなしくなるか。
それは、わたしには関係ない。
どうせ、自分たちが勝手に芥川龍之介を笑い続けて、恥をかいただけだ。
日本人には知られてない映画が多いらしい。
彼ら、どうも、芥川を嘲笑して勝ち誇る阿呆の日本人たちを嘲笑している感じだ。
まったく、誰も芥川のことを知らないと思い込んでるんだな、日本人は。


わたしは、映画の話には、芥川の話は交えてませんので、
むしろ、ある映画の元ネタを正しく把握できているか、とか、
そんな話をしています。
だから、芥川を病的に嘲笑する阿呆の日本人さんたちには、関係ない話を書いています。
そういうわけで、わたしを笑っても意味のない人が、この国には大勢います。
そう、芥川ばっかり嘲笑する、雑魚の日本人たち。


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